虚数を学ぶ

虚数に関する本を何冊か読んでみた。

虚数がよくわかる

去年の真夏のころ、丸の内オアゾにある丸善でうっかり虚数に関するのムックを買ってしまった。以前から虚数の生い立ちについて知りたいと思っていたというのもあり、レジの側に並んでいたこのムックが気になって仕方がなかったからだ。

ついこの間まで放ったらかしにしていたものにようやく目と通すことにした。

このムックは虚数にまつわる話題を広く扱っているが、ここを読むべきだ、といった部分は少ない。虚数を必要としている分野の専門書籍を読んだ方が、具体的で分かりやすいのではないかと思う。虚数を必要としている分野の例として理論物理が取り上げられているが、この分野もまた直観的でない分野なので、便利な道具としての虚数を伝えられていないと思う。ただし「ガモフの問題」はよい例である。

虚数というのは現実の数ではない、という説明がよくされるわけだが、そもそも数に現実とか非現実というものがあるのだろうか。数というのは、人間が物事をより分かりやすく扱うために生み出したモデルであって、現実云々で区別する類いのものではない気がする。ただ、解釈問題は不毛なのでどうでもいいことにする。

確かに虚数自体は直観的に分かりにくいが、虚数を認めることでより分かりやすくなった分野は数多い。虚数そのものがどうであろうと、虚数は実数世界の問題を解く上で便利な道具なわけだ。特に「複素平面」と「オイラーの等式e^{i\pi}+1=0」は偉大な業績としかいいようがない。複素平面は、虚数に形式的な意味論を与え可視化できたということだと思う。オイラーの等式は、不思議なほど美しい式である。

まあ、便利な理論じゃないと生き残らないけど。現場の人間に使ってもらえないから。

虚数iの不思議

虚数iの不思議―数の生いたちから複素数まで (ブルーバックス)

虚数iの不思議―数の生いたちから複素数まで (ブルーバックス)

はっきりいって、この本は読みにくい。テーマ以外の話題への脱線が多すぎる。本書が書かれた時代にはブログなどなかったから、社会に対する不満や意見を述べる場所が少なかったわけであるが、そういう内容を文章に埋め込むのはやめてもらいたいものだ。しかも、それらが科学的な視点ではないように思えるのだ。だが、そういう部分から時代を感じることはできる。がまん強い方や昔を知りたい方ならば、読んでみてはどうだろう。

本書の内容は、高校レベルの教科書の延長だと思えばいい。ただし、応用はない。具体例に欠け、証明を省いているため、物足りない印象を受ける。

否定的なことばかり述べてしまったが、虚数の性質についての説明は丁寧できちんとしているのではないだろうか。

黄色いチューリップの数式

次の本は、ブックオフで投げ売りされていたもの。すでに上記の 2 冊を読んだ後だったので、さっと目を通しただけである。

黄色いチューリップの数式―ルート-15をイメージすると

黄色いチューリップの数式―ルート-15をイメージすると

  • 作者: バリーメイザー,Barry Mazur,水谷淳
  • 出版社/メーカー: アーティストハウスパブリッシャーズ
  • 発売日: 2004/03
  • メディア: 単行本
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本書は、虚数をどうやって心の中でイメージするかというテーマで、数式は少なめだ。なるべく数学の知識を使わずに想像力で虚数を理解しようという内容だ。

個人的に本書でいい話だと思ったのは、48 節の「記号の力」という部分。ここでは、数学における記号の重要性を述べている。例として挙げられている部分を引用しておく。

平方根をとる」という操作を R.q. という記号で表わすと、元々の幾何学的な意味とのつながりはさらにあいまいになります。このように、頭の中から幾何学的な意味を追い払い、平方根をとる操作をブラックボックスとして考えることによって、この操作の形式的な側面が重視されるようになり、頭の中の枠にはまった描像を捨てて新たな可能性が開かれるようになります。

\sqrt{-1} は直観に反した生々しい表現であるが、これを i と置くだけで印象はかなり変わるはずだ。著者はこのことを言いたかったのだと思うが、本書には虚数単位という言葉すら出てこないので、仕方なく省いたのではないだろうか。

まとめ

他にも虚数を扱う読みものはいくつかあるが、虚数を必要としている分野の専門書を読むべきだろう。虚数そのものだけを深く考えたとしても、実りのある帰結は得られそうにない。